生きても生きても雨

晴れの日は来なくても 続きはあるんだぜっ

足りないものを数えて嘆いたり、誰かを呪いながら生きるのは、もう。やめよう

通勤時間を使って読書をしている。
ここ最近は、自己啓発本の類いを読み漁っていた。

夢をかなえるゾウ

夢をかなえるゾウ

これとか

いろいろ読んでいたら、だんだん心がスッキリして、軽くなった。
自分はこれまで、他人や社会を憎んだり呪ったりして生きてきた。
気に入らないことがあったらイライラし、人に傷つけられた!と怒ったり、倍返しだ!といって傷つけたり、休みの日も一日中悲しみに沈んでしたりした。

そんな調子で生きてきたのだけど、8月の下旬あたりはとてつもない怒りがわいてきて、このままいくともう頭がどうにかなるんじゃないかというほどになったりした。

そのときは怒りや絶望が半端なかったんですが、本を読んでいくうちに変わってきた。
以前なら、本に書いてあることを実践するのは、「俺に指図するな」「バカバカしい」と思いできなかった(やらなかった)のだけど、乱読しているうちに、まぁ、自分で取り入れたいと思った部分だけでもやってみるか、と思いやってみたのだ。

そうしたら、変化が起こり始めた。
確かに変わり始めたのだ。
あれだけ人間を怨んで憎んで生きてきた人間も、ふとしたことで変わることができる、ものなんだな。
意識して取り組んでみたことを、あげてみる。


・笑顔をつくる
「笑う門には福きたる」「人は楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ」「無理矢理でも笑顔の形を作っていると、脳が楽しいと錯覚する」
みたいなのは多数のビジネス書や自己啓発本に書いてありました。
なので、やってみることにしました。
鏡の前で「にっこにっこにー♪」をやったり、会社の人やコンビニ店員に笑顔であいさつしたり。

以前なら「愛想笑いなんてゴメンだぜ。ばかばかしい」と思ってやらなかったでしょうが、最初は発想を転換して、「歯を見せびらかす」ということにしました。
自分は歯並びがきれいらしいので、そんならたくさんのひとに自慢したるわ!と思って、ニィーッ!っと笑顔の形を作って歯を自慢することにしました。
ひねくれてるからこそできるユニークな発想ですね!
職場の人の歯を観察して、鏡を見て「確かに俺の歯イケてるなぁ…」ってやってました。
やってることはただの自慢と自己陶酔なのですが、客観的に見るとこれは「笑顔であいさつ」と「笑顔の練習(+自己肯定感の向上)」なので、最強ですね。

実感としても、これは気持ちが明るくなりました。ホントに。
それに。愛想笑いは、自分の意志ではなく他人に対しての反応として、やらされてやるものです。
この「歯を見せびらかす」というのは、自分の意志で、自分が気持ちいいからやることです。
その違いは歴然ですよね。

・他人は自分が人生を楽しむための脇役であり、なりたい自分になるための練習台と考える
え?と思うかもしれませんが、これは、一部のタイプの人間には有効かと。
要するに、人に期待しない、固執しないということです。
僕のようなタイプ、「この人に話しかけたら迷惑ではないか」「嫌われるのではないか」「自分はこれだけ相手にやってあげてるのに、相手は自分勝手で何もしてくれない」「いつも自分から話しかけたり誘ったりで、向こうからは一切ない」「断られたらどうしよう」「自分には何もしてくれないのにあの人には良くしてる」「この人にとっては自分よりも大切な人がたくさんいる。だから自分は必要ないんだ」
まぁこんなふうに延々と考えるわけですな。

そこで、発想を変えます。
他人は脇役であって、練習台と思う。
相手のためとか相手がどうとか一切関係なく、自分が暇だからこいつの時間を奪って俺のために時間を使わせる、会話の練習台として「使う」、人の持ってる知識や技術を盗む、全部自分のために、自分がそう決めてやる。
過激ですが、上記のタイプはこれくらい過激にやらないと、変わりません。
もちろん、態度や言葉に出しちゃダメですよ。考え方の問題。
まぁ上記のタイプは考え気を使いすぎるため、絶対に態度には出ませんが…。
こう考えれば、別に断られてもそんなに落ち込まないし(自分の人生の歯車のたったひとつなので)、自分が損してる感じもしないし、ダメだったら次の練習台を探せばいいだけ。
これくらい、自分勝手に考えるくらいが、ちょうどいいんだよ。
きみは、優しすぎるから。
きみをないがしろにしたりする人は、きみが夢を叶えたり幸せになったとき、その幸せを分かち合えない残念な人だ。後悔するだろうなぁ。
くらいに思って忘れましょう。

続く