生きても生きても雨

晴れの日は来なくても 続きはあるんだぜっ

国会前で読む『デデデデ』~浅野いにお漫画に流れる「何か」の正体


安保法案を巡る連日のデモ、皆さんはどう捉えますでしょうか。
私は、Twitterでデモの話題が出てくるたび、週刊スピリッツで連載中(不定期)の、浅野いにおの『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』を思い出しました。

この漫画は、宇宙人の母艦みたいなのが東京の上空に現れ、戦っている。が、たいした驚異でもなく、あっさり倒され、日常は続いている。
東京に住む女子高生たちの日常を描いた漫画です。
政治の話とかデモをする人々の描写もあります。

デデデデは、浅野いにお漫画の中ではけっこう明るめかな。わかりやすいギャグが入っているし、イソベやんはかわいいし。
主人公のひとりである、おんたん…のお兄さんのひろし君が好き。
地獄のミサワのパロディキャラみたいなやつで、ひきこもりでどうしようもないやつなんだけど、これがかっこいいところもあるのね。

登場人物たちは、家庭の問題など、色々なものを背負ってます。
この息苦しい世の中で、そういうのものを抱えながら、生きていく。それは宇宙人が来たって、そこらでマジな戦闘やってたって、変わらないんだ。
自分にできること、やりたいこと、将来、不安、悲しみ、寂しさ、そして希望…
そういうものを描いてます。


で、やっぱりこういうの描かせたら浅野いにおはすごいなぁと。
この雰囲気をつくれるのがすごすぎる。

浅野いにおの漫画に流れるものは、言葉にしてみると、閉塞感とか生きづらさとか、そういうもの。
いじめとか、家庭の問題とか、叶わない夢、誰かの死、不条理、クソッタレの社会…
そういうものから来る、行き詰まった感じ、というようなものなんですが、なんだか、「これ!これが浅野いにお!」ってものがあるんですよね。

閉塞感とか生きづらさとか、一言で言ってみたって、たとえば福本伸行の「カイジ」や「最強伝説黒沢」に流れる雰囲気、閉塞感や生きづらさとは全く違うものなんだよね。

福満しげゆき押切蓮介市橋俊介あたりの自虐的で閉塞感のあるコミックエッセイ・漫画家漫画が出す雰囲気ともまた違うものがある(いや市橋先生の漫画は閉塞感とかないか…)。
浅野いにお漫画には浅野いにお漫画だけに流れる「何か」がある…


私が初めて浅野いにおの漫画を読んだのは、2011年の冬でした。映画化されたソラニンです。
当時、就職活動で行き詰まっていた私がそれを読んだときは、「なんだ!やりたいことやってる若者が、生きづらい生きづらいって、なめんな!」と思ったところもありますが、全然嫌いじゃなかったのを覚えています。
むしろずっと読んでいたいくらいの。

それから素晴らしい世界などの短編集を読みました。

彼の漫画には、セックス描写とかも出てきますが、あれなんですよね、それがすごく自然な感じで描かれるから、鼻につく感じがしない。
描かれるのは決まって不幸せなセックスなんですよね。全然幸せそうじゃない。だから羨ましくもない。
青年漫画なんて読むと明らかに不自然で不要なセックス描写が出てきたりしますが、浅野いにお漫画にとって不幸なセックス描写は重要なファクターだなと。

彼の作品には、幸福感みたいなものが根本的にないんです。
漫画に出てくるキャラクターは、どこか不幸で、不健康で、辛そうで、行き詰まってて。
街のリアルな背景とかを使って現実感を出したりして、そういう雰囲気を出すのがすごくうまいし、ずっと読んでいたくなる。

それに、そういうもやもやしたものが漂っているからこそ、ほんの少しの希望が映える。浅野いにおの漫画は、そんな漫画だと思います。


私は、「君に届け」とか「俺物語」とかの少女漫画が読めません。
幸せに満ち溢れていて、心をバールのようなもので殴られてるような気になるからです。
本から溢れ出す幸せオーラは、たとえ主人公たちに事件が起ころうとも、決して色あせることなく、私の心をぶん殴ってきます。

浅野いにおと並ぶサブカル御用達?の羽海野チカ久保ミツロウモテキなんかもちょっと苦手。
読むとなんか、「色々あるけど結局あんたたち幸せじゃん。この社会の勝ち組じゃん」って思ってしまうから。

そんな大分ひねくれた私ですが、浅野いにおの漫画はスッ…と入って行けたんですよね。
それは、作品全体に流れる「何か」、行き詰まってもうどうしようもない感じ、でもきっと希望はあるよみたいな雰囲気が好きだからだと思います。

あとデデデデでは、主人公の門出ちゃんが、好意を寄せる高校の先生に近づくため、先生から社会学の本を借りるシーンがあります。

古市憲寿の「絶望の国の幸福な若者たち」だったかな。

あそこらへんすごくサブカル感出てるよなぁと思いました(笑)
Twitter見てるとけっこうサブカルの皆さんデモとか興味ありますよね、社会学の本読んでたり。
宮台真司とかね。

私も大学時代は社会学社会心理学の授業を受けて、おお、面白い!と思ったものでした。私が勉強したのはもう少し堅い社会学だったけれど。
東京大学の社研の本田由紀先生なんかは、すっかりサブカル社会学路線に行っちゃったのかな。古市憲寿の師匠のようであるし。

話が脱線しました。
まぁまとめると、私は浅野いにおの漫画が好き!ってことです。
ずっと読んでいたい。はっきり言ってそれだけです。

浅野いにお漫画は東京が舞台になっております。
私は、今東京にいて、ひとり。くすぶった毎日を送っております。
東京に来る前は、夢とか希望があったけれど、実際来て住んでみると…。
これまた思った以上に寂しいような、悲しいような。
田舎に帰りたいとは思わないけれど、大学時代を過ごした仙台あたりに帰りたいな、とか思ってしまいます。

そんなとき、浅野いにおの漫画を読むと、大変だけど、嫌なことばかりだけど、この街でもきっと…きっと良いこともあるかな。やりたいことだってまだできるかな、幸せになれるかな。って、そんな気持ちになります。

最近思うのですが、漫画をどこで読むかってのはけっこう重要だと思うのです。
デデデデを読んで、私も国会前のデモを見てみたくなりました。
ていうか実際国会前まで行きました。デモはやっていませんでしたが。

さて。

浅野いにおの漫画を東京で読むことができる。
浅野いにお漫画に流れる「何か」を感じ取り、一層味わうことができる。
それだけでも、東京に来たかいはあったかな。
なんて。

でも実際、私が浅野いにお漫画の大半を呼んだのは田舎や仙台時代だったので、どこで読もうがいい作品であるし、彼の漫画の「何か」は伝わると思ってます。


ということで。
もうちょっと生きてみましょう。
もうちょっとだけやってみよう。
もうちょっとだけ…ね?



追記

ソラニンアジカンがやったけど、今後浅野いにおの漫画が何らかの形で音楽となるなら、きのこ帝国にやってほしいなぁと思いました。
浅野いにおの漫画によく合うと思うんだよね。
東京での日々を歌った曲も多いし。